グアンファシン塩酸塩徐放剤のADHDへの薬理作用をfNIRS脳機能イメージングで可視化
グアンファシン塩酸塩徐放剤(インチュニブ)は新しいADHD(注意欠如多動症)の治療薬として注目されています。この薬理作用をfNIRS脳機能イメージングで可視化し、新たな作用部位として右角回の関与を見いだしました。自治医科大学、国際医療福祉大学、日立製作所との共同研究です。共同筆頭著者は、2021年修士卒の井上あかりさんです。この成果は、神経人間工学の国際誌、Frontiers in Neuroergonomicsに掲載されました。
みなさんは、ADHDという言葉を聞いたことがあるでしょうか。
「注意欠如・多動症」と呼ばれるこの症状は、発達障害の中でも有病率が高く、子供の2~9%が罹患していると考えられています。しかし、この有病率に対して、ADHDの認知度、理解度は低いと言わざるをえません。
ADHD児の主な症状に「忘れ物や失くし物が多い」「集中が続かない」「じっとしていられない」「我慢ができない」といったものがありますが、ひとつずつの出来事は「ちょっとした不注意や気分的なもの」と混同されてしまいがちです。
しかし、ADHD児の場合「注意すれば改善できる」というものではないのです。
では、ADHDの原因は何なのでしょうか。
ADHDの人は、生まれつき脳の機能が定型発達児、つまり、ふつうに育っている子供とは異なっています。両者を比較するとADHD児は定型発達児に比べて「神経伝達物質」と呼ばれるドーパミンやノルアドレナリンの量が少ないのです。この「神経伝達物質」は、脳の神経細胞同士をつなぐ役割を果たしています。しかし、この量が少ないことで神経伝達が上手くいかず、行動抑制などをつかさどる『右前頭前野』の活動が鈍くなってしまいADHDの症状が現れる、と考えられているのです。
しかしADHDの問題は、行動などに表れる症状だけではありません。ADHDに対する周囲の不理解からくる、度重なる「叱責」や「トラブル」によって自尊心が低下し、うつや不登校といった二次障害に陥ってしまうことがあります。そのため、早いうちからADHDに対する対処をすることが重要になるのです。
現在、ADHDの治療には、薬物療法と行動療法が存在します。これまで、薬物療法にはMPH〔メチルフェニデート塩酸塩徐放薬〕とATX〔アトモキセチン塩酸塩〕という治療薬が使用されてきました。
MPHは主にドーパミンに、ATXは主にノルアルドレナリンに対して作用し、再吸収を阻害することで一時的にこれらの量を増やし、神経伝達を促進させるのです。
しかし、それぞれの薬が効くという有効率は70%程度で、すべてのADHD児に効果があるわけではありません。効き目がすぐに分かればいいのですが、この二つの薬の効果について脳活動を調べるなどの、客観的なデータは存在していませんでした。
そこで【先行研究】では「MPH」と「ATX」の効果を、fNIRS(機能的近赤外分光分析法)という脳の表面の脳活動を計測できる機械を使用して調べました。
この研究ではgo/no-goという課題を使用しました。この課題は「画面に動物が現れたらボタンを押す」というgoブロックと、「動物が出てきたときにボタンを押すが、特定の動物が出てきたときにはボタンを押さない」というno-goブロックで構成されています。この課題中の脳活動を計測する事でADHDの中核症状である「待てない」という『抑制機能』を計ることができるのです。
この実験の結果、ADHD児は定型発達児と比べて『右前頭前野』の活動が低下している、ということが確認されました。これによって、ADHDと『右前頭前野』の機能不全が関与していることが明示されたのです。併せて、MPH、ATXを服用すると、ADHD児の『右前頭前野』の脳活動パターンが定型発達児と同様のパターンになることも確認できました。
そして、近年GXR〔グァンファシン塩酸塩徐放錠〕という新たなADHD治療薬が認可されました。
このGXRという治療薬は、MPH、ATXとは症状改善に対するアプローチが異なっています。MPH、ATXが「神経伝達物質」を増やすことを目的とする一方、このGXRは神経伝達物質を受け取る側、つまり「受容体」の機能を高めて神経伝達をスムーズに行えるようにすることが目的なのです。
詳しく説明すると、GXRはノルアドレナリンの受容体である〈選択的α2A受容体〉に作用してノルアドレナリンの効果を増幅させることを目的としているのです。しかし、このGXRの効果について、正確なメカニズムはまだ解明されておらず、研究もあまり行われていませんでした。
そこで、シャイアージャパン株式会社と塩野義製薬株式会社から資金提供を受けて、自治医科大学、国際医療福祉大学、日立製作所と共同で、GXRの効果についての研究を行うことにしたのです。この研究は【特定臨床試験】に「光トポグラフィー検査(fNIRS)を用いたAD/HDに対する GXRの薬理作用の可視化」(臨床試験計画番号:jRCTs 031190060)として登録して行いました。
【特定臨床試験】は、不正防止の観点から、臨床研究法によって厳密に手順が決められています。まず、研究の方法や手順を書いた「実施計画」を認定臨床研究審査委員会に提出し、審査を受けます。その後、厚生労働大臣に「実施計画」を提出し【特定臨床試験】の認定を受けるのです。こうして登録された研究は、事前に提出した実施計画通りに行わなくてはいけません。
【本研究】についても、このプロトコルを遵守して行われました。しかし、当初、実験対象者は6歳~12歳未満のADHD児、40人としていましたが、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が発令された関係で、対象者が12人となってしまいました。実験対象者が減ってしまったという事態はあったものの、実験は「実施計画」通りに行われました。
GXRの効果を調べる薬として、「インチュニブ1mg」を使用しました。薬の効果を見る方法は、以下の手順の通りです。
対象者には、四日間薬を飲まずに過ごしてもらった上で、go/no-go課題を行い、課題中の脳活動を計測しました。その後、薬を服用してもらい、三時間経過後に再びgo/no-go課題を行って脳活動の変化を見ました。
そして、日にちを空け、再びこの一連の実験を行いました。ただ、一回目と二回目に被験者に服用してもらう薬は異なっており、一つはGXR、もう一つはプラセボ(疑似薬)でした。被験者によって、どちらを一回目に投与するかはランダムになっており、被験者も研究者もどちらが投与されているか分からない状態で脳計測を行いました。これによって、思い込みによる効果を差し引く事が可能となるのです。
脳活動の計測は「右前頭前野」をROI(関心領域)として設定しました。実際はGXRが、どの脳領域に作用するのかは分かっていませんでしたが、ADHDが「右前頭前野」の活動の弱さからくると考えられること、【先行研究】でもMPH、ATX服用後に「右前頭前野」の活性化が見られたことから、ここを研究対象の主軸に決めたのです。
しかし、予想に反してGXRを服用しても「右前頭前野」の活性化は認めることができなかったのです。原因として、GXRが一番効力を発揮するのが五時間後であるのに対して、待機時間が三時間であったことや「1mg」という量が適正ではなかったとも考えられます。 また、他の精神疾患を併せ持っている症例では、薬の効果に差異が生じるという研究結果の存在していることから、この点についても検討する必要があると考えられました。
とはいえ、【本研究】ではGXRが「右前頭前野」を活性化させるというデータを得ることはできなかったのです。そこで、「右前頭前野」以外の脳領域に対象を広げて【探索的分析】を行いました。
すると『右角回』という部位に脳活動の変化が見られ、効果量も大きな値が確認できたのです。
この『右角回』という領域は「注意機能」に関与している領域です。そして、前頭と『右角回』を含む頭頂領域の脳回路が「注意抑制」に関与していることがこれまでの研究で分かっています。さらに、ADHD児は定型発達児と比べて「右前頭前野と右角回の脳回路の活動が少ない」ということを示す研究も存在していました。加えて、我々が行った【先行研究】においても、MPH投与後のADHD児では「右前頭前野」だけでなく『右角回』の活発化が確認されていたのです。
これらの研究を総合して考えると、GXRは「右前頭前野」に対してではなく『右角回』に対して効果を発揮し、ADHDの症状を軽減させるというメカニズムである可能性が考えられました。つまり、今まで「右前頭前野」だけがADHDの状態を調べる指標となっていましたが、『右角回』もまたADHDの指標になり得ると考えられるのです。
このように、今回の研究はADHDの治療対象領域が「右前頭前野」だけではなく、『右角回』も治療対象領域である可能性を示したといえるのです。これは、今まで「右前頭前野」に対しての治療効果を感じられなかった人も、『右角回』という別の脳領域にアプローチをすることでADHDの症状が改善できるようになるかもしれないという可能性がでてきたということです。
今後、この研究を更に進めていく事で、ADHDの治療の幅を広げることができるのかもしれません。
(文 ミヤ)
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2021/09/01