サイコメトリック・マーケティング

サイコメトリック・マーケティングとは?

当研究室では「サイコメトリック・マーケティング(psychometric marketing」という新しい手法を提唱しています。これは、人の心を定量化するサイコメトリクス(心理計量学)をマーケティングに応用した方法です。調査対象となる消費者集団の「脳」から、巧妙な質問紙調査を通して思考パターンを抽出し、多変量解析や構造方程式モデルといった高度な統計手法で定量化・可視化します。これによって、消費者の思考の流れが直観的にとらえられるようになります。しかも、思考の流れに数値的な裏付けも得られます。

しかし、最大のメリットは、「我々自身の思考力が飛躍的に増大する」ということです。サイコメトリクスによって得られた消費者の「マインド・マップ」を前にすると、あたかも山の頂に立つがごとく、これまで見えてこなかった風景が見えてきます。そして、その頂から、我々は思考の翼を広げて、飛び立てばよいのです。あるときは、消費者の「心の隙間」が垣間見えるかもしれません。そのときは、そのニッチに新商品を投入するという可能性が浮上します。またあるときは、ある企業のサービスに重大な欠陥が見いだされるかもしれません。そのときは、他社との比較から、サービス向上の糸口が見つかるかもしれません。ちなみに、具体例は挙げられませんが、これらはこれまでに実施した企業との共同研究で、実際に起こった事例です。

これまでの経験から、我々は、サイコメトリック・マーケティングの有効性を確信するに至っていますが、このアプローチはまだ完全に確立されたわけではなく、現在進行形で発展中と言った方が妥当でしょう。現在、共同研究に参画中の企業の皆様(株式会社サイゼリヤ、株式会社ニチレイ、本田技研工業株式会社)と共に、我々は今後もこの手法の開拓を続けてまいります。

なお、サイコメトリック・マーケティングに関する記事は、サイコメトリクスのカテゴリーをご覧ください。(一部、こちらと重複もあります)。

なぜサイコメトリクスなのか?

以前、食品総合研究所にいた頃、私は、数多くの食品企業さんから共同研究の打診を受けてまいりました。そのほとんど全ては脳機能計測に関するもので、端的には、「脳を測ればおいしさは測れるか?」、「脳機能を利用して食品を開発したい」といった内容でした。たしかに、脳機能計測を食品開発に利用することは不可能ではありませんが、すぐに企業の業績につなげるというわけにはいきません。この低成長の時代を必至に生き抜かなければならない食品企業さんに、見込みの薄い手法を紹介するのは良心がとがめられます。そこで、「脳」の中に存在する情報をうまく抽出して商品開発や販売戦略に活用する方法の探索を始めました。そして、試行錯誤の結果辿り着いたのが、サイコメトリクスです。

サイコメトリクスは、特殊な機器を要するわけではなく、パソコンとソフトがあれば、どの企業であっても実践が可能です。ほぼ、業種は問いません。消費者との接点があれば、なんらかの形でサイコメトリック・マーケティングを実践する意義は見いだせるでしょう。また、サイコメトリクスを実践するには、ある程度の数学的素養が必要ですが、せいぜい高校レベルの数学の知識があれば、事足ります。ということで、比較的、気軽に着手可能で汎用性の高い手法です。

さらに、費用対効果の点でもサイコメトリクスは有用です。サイコメトリクスは極めて計算依存性の高い学問であり、かつてはスーパーコンピュータが必要な分野でしたが、高度な演算能力を持つコンピュータが安価で入手可能となったため、普通のパソコンでも実行可能となりました。さらに、ここ数年、インターネット調査の登録者数が増加し、バイアスの掛かりにくい調査が比較的安価で実現できるようになりました。2010年代になってようやく「旬」を得た方法と言え るでしょう。

サイコメトリクスは何をするのか?

サイコメトリクスは、「心の物差し」を作り、「心を測る」技術です。この心の物差しとなるのが心理尺度です。心理尺度は、複数の質問項目からなる質問群によって、ある心理特性を計る方法です。たとえば、鬱病の患者さんに「あなたは鬱ですか?」と聞いても、「中等度の鬱です」という答が返ってくることはまずないでしょうが、巧妙に組合わされた質問によって、鬱度を判定することは可能です。たとえば、「悲しい気持ち」、「睡眠異常」、「食欲異常」、「疲れやすさ」といった項目に対する質問の答から、総合的な鬱度を判定するわけです。
サイコメトリクスの特徴

ここで重要なのは、心の物差しが「ちゃんとしているかどうか」です。もし、計測の対象が体重であれば、体重計に乗るだけでかなり正確な計測が可能です。しかし、人の心理特性は同じ個人によっても計測毎に微妙に異なりますし、人が違えば大きく異なることが予想されます。このようなあいまいな対象を計測するためには、物差しの精度にも独自の手法が必要となります。まず、物差しが信頼性できるものかどうか、計測に使う尺度で安定した測定ができているかどうかを検証します。また、計測に使う尺度が計測したいものを計れているかどうか、他の尺度との比較を通して、検証します。

サイコメトリクスでは、このようにして確立した複数の心理尺度を組み合わせて、その関係性を検討します。その際には、必ずしも仮説に依存しない探索的な手法も用いますし、あるいは、先行研究や経験に基づいた仮説を検証する場合もあります。その結果を基に、消費者の認知構造の可視化と定量化を行ないます。

たとえば、例として、ブランドの強弱を構造方程式モデル(SEM)によって可視化するという場合を見てみましょう。
ブランドモデル例
これは、文献 (Engel et al., 1995; Heskett et al., 1997; Reichheld et al. 1990)を参考にして構築した架空のモデルです。このモデルでは、弱いブランドでは、ブランドの認知度が低く、また、消費者にも十分なブランドロイヤリティが形成されていない状況にありますが、強いブランドでは、それらがうまく機能しているという状態を可視化しています。実際に、これらのモデルを仮説として検証を行ない、各々の潜在変数(ブランド評価や満足度)の関係性を数値として表すことも可能です。ただし、これらはあくまでも例にすぎません。これまで、我々は、共同研究を通していくつかの有用なモデルを構築するに至りましたが、そのうち公開の可能なものは論文として公開を準備しています。しかし、非公開として企業のマーケティング戦略に活用されているモデルも生まれています。

サイコメトリクスは他の手法と何がちがうのか?

サイコメトリクスでは、ネット調査であれ、対面式の調査であれ、質問紙を使います。「それではアンケート調査と一緒じゃない?」と思う方も多いでしょう。実際に、日本でサイコメトリクスがあまり浸透しない理由の一つにはこの偏見が挙げられると思います。しかし、実際には、両者はかなり内容が異なります。まず、通常のアンケート調査は、通常、1項目からなる直接的な質問によって、消費者の心理傾向を粗く計測します。メリットは、スピードですが、計測に用いられる心の物差しが適切であるか否かの検証がなされないため、精度が悪い可能性があります。また、心理特性の関係性を把握できるような 「深い情報」は得られません。
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一方、サイコメトリクスは、なるべく直接的な質問は避けつつ、間接的な質問から、計測対象となる心理特性を浮き彫りにしていきます。ただし、質問紙を読ん だだけでは、通常、なにを聞きたいのか、質問者の意図は分かりにくくなっています。得られた結果に対しては、計測精度に対する検証を必ず行ないます。そし て、最終的なアウトプットとして、可視化された認知モデルが得られます。これは、消費者の認知特性を表す「深い情報」です。

それでは、単に「深い情報」が得られればよいかというと、必ずしもそうとは限りません。たとえば、消費者の心理特性を見いだす手法として、グループインタビューやエスノグラフィが存在します。これらは、消費者が自分でも気付かない潜在的な思考を分析する手法ですが、質的な解析に留まっています。そのため、分析者の力量や思考のクセによって、解釈が大いに異なるという危険をはらんでいます。端的には、職人芸です。一方、サイコメトリクスは消費者の潜在的な思考の描出を目的とはしていますが、量的な研究であり、研究者が変わったとしても分析方法が同じであれば、類似の結果が出てきます。すなわち、得られる結果に恣意性が少ないのが特徴です。このため、技術の共有や移転が簡単に行えますし、過去の研究を参考にして、その上に新しい研究を構築していくといったこともできるわけです。
消費者の潜在的ニーズを測る

心理特性による消費者のセグメンテーション

これまでのマーケティングは年齢、収入、教育レベル、就業状況、居住地域などのデモグラフィクス(人口統計学データ)によって消費者を 細分化していましたが、サイコメトリック・マーケティングでは心理特性によって消費者のセグメンテーションを行ないます。たとえば、新規指向性、保守性といったよく使われる心理尺度によるセグメンテーションだけでなく、オリジナルの心理尺度を作ることも可能です。ただし、その作成にはそれなりのノウハウの習得が必要です。なお、もちろん、通常のデモグラフィクスによるセグメンテーションも可能です。

といっても、心理特性による消費者セグメンテーションが万能というわけではありません。むしろ、実際にはキレのあるセグメントが得られる場合は少ないと言った方が適切かもしれません。であるが故にこそ、切れ味のよいセグメントが得られたときの旨味は大きいとも言えるでしょう。

脳機能イメージングと組み合わせるのか?

脳機能イメージングとサイコメトリクスを組み合わせると、より大きな効果が得られると思われるかもしれません。しかし、残念ながら、2つの方法を無理矢理組み合わせると、お互いに最適化されていないために効率が悪くなってしまうというのが現実です。では、両者は全く異なるかというと、「とても似ている」からこそ、当研究室での両立が成り立つわけです。どちらも基礎はヒトを対象とした応用統計学であり、ばらつきのおおきいデータを扱うという点で共通点があります。実際、脳機能イメージングデータもデータのプリプロセッシング(下処理)を終えて、個人個人の脳活動を代表するサマリーデータにしてしまった場合、サイコメトリクスで用いる解析手法がそのまま用いられることがほとんどです。そして、モデル依存性が強いという点も大きな共通点です。大きな違いは、サイコメトリクスはサンプル数が大きく、脳機能イメージングは小さいという点です。また、脳機能イメージングでは下処理に高度な統計手法を使いますが、サイコメトリクスではデータの整形だけですむ場合がほとんどです。

このように、実際に両者を組み合わせることはほとんどありませんが、相互参照によるシナジーが期待できるため、同じ研究室内で仲良く共存できる技術となっています。

他にもサイコメトリクス・マーケティングを実践している機関はあるか?

われわれが「サイコメトリック・マーケティング」と考えるズバリそのものを実践している研究室は、国内では他にはないのではないかと推測しています。われわれの特徴は「実験要素の導入」ですが、この実施のためには、実験心理学と心理統計学の素養が必要で、この両立が難しいという現実があります。しかし、技術的ポテンシャルを持ち、頼めば類似の研究を実践してくれる研究室は国内にもいくつか存在すると思います。また、マーケティング調査会社 の中には、技術的なポテンシャルを有するところもあるとは思いますが、莫大な費用が掛かるでしょう。さらに、有力企業の中には、自社内でサイコメトリック・マーケティング的な研究を実践しているところが間違いなくありますが、その内容は決して外部には流出しません。

サイコメトリック・マーケティングが難しいもうひとつの理由は、極めて広範かつ入念な英語原著論文の検索を必要とするからです。通常、十~数十報の論文を参考にして調査を実施し、必要な尺度を練り上げるとともに、アウトプットとなるモデルを想像するという作業を行ないます。このような知的作業を、様々な課題に対して柔軟に実践可能な研究室となると数は限られてきますし、商業ベースの調査会社では実現が難しいと推測しています。

さらに、当研究室では、アウトソーシングは基本的に請負いません。「研究費を受け取って、結果をお渡しする」という形式が大学との共同研究ではよく見られる形ですが、この場合、企業様には結果しか残りません。そもそも、研究の遂行だけでなく、教育の実践こそが我々のミッションです。我々との共同研究を通して、生活者の心を数値的に解読するというリテラシーが企業文化として残ることこそが、我々の目的です。したがって、実際の共同研究においては、極めて密接なインターラクションを通して、まさに産学協同の研究を実践いたします。

共同研究を行なうにはどうすればよいか?

中央大学では、研究開発機構という仕組みを通して共同研究が実践できます。現在、本研究室では、株式会社サイゼリヤとの共同研究に基づく「サイゼリヤ食認知価値研究ユニット」を展開しています。さらに、株式会社ニチレイ、株式会社資生堂、森永製菓株式会社、本田技研工業株式会社との共同研究を「トランスレーショナル認知脳科学研究ユニット」を実施しています。共同研究をお望みの場合、この研究ユニットに共同研究資金を導入していただくことになります。手続きとして、共同研契約を締結し、知的財産権についての取り決めを行なった上で、研究を実施して参ります。この場合、一業種一社が原則です。この際には、すでに先行して共同研究を行なっている企業さんのご意見を最大限に尊重させていただいております。また、研究室内の担当者数が限られていますので、現状では数社が限度となっております(つまり、残りは1-2枠程度)。共同研究費用については、ミッションの整合性、論文化の可否、難易度等を参考にして、算出しております。

まずは、どのようなことをなさりたいか、お気軽にご相談いただければさいわいです。